日本のお葬式はどう変わったか-お葬式の今までとこれから

☆ タイトル 日本のお葬式はどう変わったか-お葬式の今までとこれから   

☆ はじめに

 本書は三十代~四十代の「親の葬式を考える」年代の視点を中心に、葬儀を改めて考えてみ
るために企画された。

 本書の四十代の編集者は、六年前、突如、葬式を出すという立場になった。編集者の義母が
自転車で走行中、脳出血を起こし、急死したのだ。転倒時、自動車に接触したため、事故扱い
になり、司法解剖せざるを得なかった。何の準備もない中、警察で紹介された葬儀屋さんにお
願いし、無事に葬儀はすませたが、あとからいろいろ調べてみると、「お葬式」に対する疑問
が山ほど出てきたという。

 四十代の筆者が、周囲に聞き取りをしてみたところでも、同様の疑問、疑念を抱いている人
は少なくなかった。三十代半ばから四十代になると「親の葬儀はどうしようか」「いやいや、
自分のことももう考えなければ」という時期に入ってくる。そして、少しでも葬式情報に触れ
ると、なんとも納得のいかない気分になるようだ。

 共通して違和感を持つことは、「お葬式」 の極端な「商品化」「画一化」である。
少し前までの葬儀屋さん任せの不明朗会計から、お客様本位の業者選択と明朗会計へと移り
つつあるのはいいけれど、ネット上に氾濫するセット価格、「こつちが安い⊥という宣伝広
告には薄ら寒い思いがしてしまう。

私たちは、恋愛や結婚や教育などが「商品化」していく様を実体験している世代だ。商品化
した結婚式・披露宴を拒否して、何もしないと突っぱねたのは私たちで、海外でやるだのレス
トランでやるだのと騒いで「商品化」させてきたのも私たちだ。そして、社会経験を積むとと
もに、「商品化」の裏側にある企業戦略も十分に見てきた。

 もちろん、「お葬式」もとうの昔に画一化され、商品化されてはいるのだが、どんな人が施
行してくれるのか、頼んでみないとわからないお葬式仲介業には、警戒心を抱かざるを得ない

 では、どんな葬儀屋さんにお願いし、どんなお葬式をしたいのかと問われても、困ったこと
に私たちに答えはない。

 明日は我が身の親世代は、多少考えているだろうと思うと、こちらの姿勢がまた大問題だ。

 筆者も含め「お葬式」にモヤモヤした思いをいだいている多くは、首都圏およびその近郊出
身(本人または配偶者)で都市新住民の二代目、三代目である。親や祖父母からして故郷に入
れる基はなく、自分の宗派も定かではない。祖父母の中には故郷や東京近郊に霊園墓をもとめ
たものもいるが、自分たちの親は後継者ではないので入れる筋ではない。

 寺もなく基もなく、ついでに少しの地位も財産もない。口出ししてくる親戚もないので、葬
儀も墓も好き勝手にできる。地縁血縁のしがらみから離れて「自由」だ。

 その自由な親たちに「葬式はどうしたいか」と問えば、半数は「迷惑かけない程度に」と判
断をまる投げし、半数は「焼くだけでいい」と葬式を拒否する。

 こんなノーブランだから、業者さんの差し出す商品に乗るしかないのだ。

 しかし、たとえば商品として「普通の葬式」と「普通のお墓」を選んだ場合、僧侶へのお布
施等も含め、小規模な葬儀一切に釣百五十~二百万円、墓石台・永代使用料・工事費等も含め
た「特別セット墓所」 (東京市部) に約二百万円、仏壇に約五十万円と計四百万円以上はかか
るだろう。

 親世代の懐からなんとか捻出できればよいが、ろくな貯金もない私たち子世代には逆立ちし
ても出せない金額である。迷惑かけられてもいいと思っても、ない袖は振れない。

一方、「焼くだけでいい」という親の答えを私たちは、どう受け止めればいいのだろうか。
 経済事情の厳しさもあり、それを選ぶ人が多くなっているからこそ、「火葬式」なる葬儀プ
ランも用意されるご時世ではあるが。.

 果たして、本当に焼くだけでいいのか。私たちは、皆、特定の宗旨をもたないけれど、魂の
存在を全否定するほどの唯物論者ではないのだ。

 また、焼くだけにした後に、残された者がどう感じるかは、焼いてみなければわからず、文
字通り後悔先に立たずであるから、うっかり親の言うとおりにもできない。

 あるいは「焼くだけ」と「普通」 の中間に「家族葬」という密葬プランもあり、今では最大
の売筋商品となっているが、では親しい友人などは声をかけなくて本当にいいのか。声をかけ
る親戚の線引きは誰がするのかなど、迷いはつきない。というより、お葬式を考えるときに、
会葬者数やセット価格の中身など、些末なことにとらわれることは、何か違う気がする。

 私たちが「お葬式が気になる」という根本にあるのは、近しい人が亡くなったとき、私たち
はどうしたら、よくお別れできるのであろうか、ということだ。

 縁もゆかりもない僧侶を葬儀社の紹介で呼び、読経してもらうことで、故人の死はなにか意
味づけられるのであろうか。コールセンターのオペレーターのような声で決まり文句が並べら
れる司会、そんな葬儀で故人を思うことができるであろうか。墓や仏壇があれば、故人は安ら
かに眠れ、私たちは慰められるのだろうか。

 そうとも思えず、ともかく途方にくれる。

 この不安や疑問を払拭するためには、やはり少しばかりの知識の習得、葬儀の変遷について
勉強が必要ではないか。さらには「葬儀屋さん」 の弔いに対する思いや、昔話を聞くことも大
切だろうといくつかの葬儀社に足を運んでみた。

 それにより結論や正解が出るというものではないが、少なくとも世にあふれる「葬式情報」
を違った目で見られるようになることを期待して -。
 

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