災害支援に女性の視点を!

☆ タイトル 災害支援に女性の視点を!

※ はじめに 竹信三恵子

二〇一一年三月一一日、当時の勤め先だった東京の新聞社の編集局で、私は津波が地上をなめ
つくしていく映像を、声もなく見守っていた。こんな災害の中で、何を伝えてもむなしいという
無力感の中で、考え続けていたことがあった。災害の畏が大きければ大きいほど、声の小さい
人々は支援や復興から取り残されていく恐れがある、その声をすくい上げる何かが必要だ、とい
うことだった。三月末、私は新聞記者から大学へ転職した。最後の記事は、女性や貧困層など
「生活弱者」を視野に入れた震災支援策を求めるコラムだった。

だが、その後、聞こえてきたのは、着替えの場所もないような女性への配慮を欠いた避難所の
実態だった。女性関連の支援物資が十分でない状況も、女性の支援ボランティアを通じて浮かび
上がった。家族を失った女性たちから、安定雇用への道筋が見えないことへの不安の声も出た。
にもかかわらず、そうした声が取り上げられることは少なく、「一丸となって頑張る被告たち」
の像ばかりが広がった。こうした事態への疑問が高まっていたとき、国際NGO「オックスファ
ム・ジャパン」から、災害時の女性支援を広めるための組織づくりを支援したいとの申し出が舞
い込んできた。国際的な災害支援では当然とされている女性をはじめとする多様な人々への支援
の視点が、日本ではないに等しいというのだった。

 阪神・淡路大震災で被災女性の問題に気づき、その解決に取り組んできた研究者やNGOメン
バーの女性たちを中心に、二〇一一年五月、「東日本大震災女性支援ネットワーク」が生まれた。

被災地の女性たちの支援に取り組んでいた他の団体の協力にも支えられ、同ネットは、女性被災
者の声を吸い上げるパイプ作りや行政への政策提言、女性支援のノウハウをまとめた事例集を出
版した。こうした実践をもとに、女性支援や復興策の必要性を伝えようと企画されたのが、本書だ。

 実は、「女性支援」 の言葉については、メンバーにもためらいの声があった。置き去りにされ
ているのは、障害者や性的少数者、外国籍住民、経済的弱者など、他の社会的少数派も同じだ。
それぞれの困難に見合った「多様な支援」こそ必要ではないのかとの思いだ。「女性」より、「ジ
ェンダー」 の言葉がふさわしいとの意見もあった。「社会的、文化的につくられた性」を意味す
る「ジェンダー」なら、「男らしさ」を生きることを強いられ、被災の苦しみを率直に表明でき
ずに自殺や孤立に追い込まれて行く男性の生きづらさも浮かび上がらせることができるからだ。

 ただ、男女分業が根強い日本社会で、女性は生活分野を担わされてきた。その発言力の弱さは、
生活に根差した支援や復興策が取りこぼされる原因にもなっている。また、高齢者や子どものケ
アを担うことの多い女性の要求が政策に反映されにくい現状は、これらの被災者の生きづらさも
招いている。人口の半分を占める女性被災者に焦点をあてることで、被災者支援復興策いび
つさが見えてくる。そんな思いから、本作では、あえて「女性支援を掲げることにした。

 消費増税が決まった二0一二年八月。訪れた被災地では、暮らしの基礎ともいえる住宅の再建
は一向に進まず、一方で、効果があやぶまれてきた大規模な堤防建設計画が、早くもささやかれ
始めている。そんな生活不在、少数派不在の災害支援・復興に歯止めをかけるためにも、本書に
あふれる女性被害者たちの現実を、まず直視することから初めていただきたい。

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3・11東日本大震災 看護師

☆ タイトル 幸せをつくる、ナースの私にできること
    3・11東日震災 看護師う770人を被災地へ 

 ※ はじめに

 2011年う月23日、私は宮城県気仙沼市を見下ろす高台に立っていました。そこで目
にした光景は、2年経った今もくっきりと眼の奥に焼きついています。

 お寺のある高台でした。そこが避難所となっていたのです。眼下には、地震で揺さぶら
れ、津波にのまれ、火に焼かれた、もはや町とは言えないような荒地が、見渡す限り広が
っていました。

 それまで災害医療支援チームのメンバーとして幾度か国外の被災地を訪れたことがあり
ましたが、自然の脅威にこれほどさらされた町を見たことはありませんでした。

 そして、翌3月24日に訪れた石巻市。
 
ここでは、海や川の間近にありながらかろうじて残った建物が避難所となっていました。
周辺の道路は地盤沈下で冠水し、瓦礫がそこかしこに散らばつています。

 避難所の建物自体も無事ではありません。一階部分は津波に襲われて窓ガラスが砕け散
り、壁にはヘドロがこびりついていました。内部のトイレからは詰まった排泄物が流れ出
し、外に設けた仮設トイレまで歩いて行けないど高齢の被災者は、おむつをはいて寝たき
りの状態となりました。そんななか、多くの避難者は、1日2回配られるおにぎりや菓子
パンを食べながら生活を送っていたのです。

 発災後10日あまり経ってもこのような状態がつづいていたのは、東日震災があまり
にも広範、かつ甚大な被害をもたらし、対応を著しく困難にしていたからにはかなりませ
ん。
  
 この未曽有の災害によってひどく苦しんでいる人たちに、私たち看護師ができる最大限
のことは何だろう……。

 考えてみても、見たこともない光景を前にして頭が混乱するばかり。かといってじっく
り考えている時間などなく、動きながら考えるしかありませんでした。

 東日震災への支援活動として、日看護協会は看護師のみのチームを派遣し、24時
間体制で避難所に暮らす人々を支援する「災害支援ナース」 の活動を決めました。


 私の立場は、日看護協会から派遣された看護師でした。

 これまで、イラン、スマトラ沖、ジャワ島、中国・四川の大地震と海外の被災地で災害
看護をやってきた自分の経験が被災地の力になれるかもしれないと思い、私も被災地へ向
かったのです。

 具体的に言えば、私の役割は、現地コーディネーターとして、次々派遣されてくる看護
師たちを適切な場所に配置し、支援活動を安全かつ効率的に、円滑に進めていくことでし
た。しかし、全国から派遣された看護師をスムーズに現地の避難所へと送りだしていくの
は、決して容易にはいきませんでした。

 まずは正確な情報を集め、行政や支援団体との連携を模索し、支援システムを構築し
……大きな役割はわかっているつもりでしたが、未曽有の現場で何から手をつけ、どのよ
うに活動を展開していったらいいのか、まさに手探りでやっていくしかありませんでした。
 これは日看護協会にとっても初めての試みであり、また私自身にとっても災害時にお
ける看護師のあり方を改めて模索する機会ともなりました。

 ところで、私は普段、日本看護協会の看護研修学校で救急看護認定看護師の育成に当た
っています。

 災害医療の現場で活動する医師や看護師は、急を要するその性質から救急医療に携わる
者が多く、私もその道へ進んだのですが、実は災害看護や救急看護分野を初めから目指し
ていたわけではありません。それどころか、看護師を志していたわけでもないのです。

 私は「女性でも自立できる職業」に就きたいという理由で、看護師という職業を選んだ
人間でした。家庭環境においても時代的な背景から言っても「男性の存在が絶対的」とい
う保守的な価値観のなかで育ったことが大きく影響しているのだと思います。

 しかし、働きはじめた当時、看護師という立場はもっばら「医師のサポート役」という
印象で、そのギャップに戸或心う自分がいました。

 もっと別の役割があるはずだ、看護師にしかできない仕事があるはずだ、と思いながら、
現実には目の前で要求される「医師の指示」にさえ満足に対応できない自分に苛立ってい
たものです。

 最初に勤めた病院ではがん患者さんのケアに当たっていたのですが、その分野を究めよ
うと東京で勉強と実践を重ねるうち、「看取り」 の看護も大事だけれど、「命を救う」 こと
にも貢献できる看護を勉強してみたい、と考えるようになったのです。

 ここから救急看護師としての人生がスタートしました。「-JICA国際緊急援助隊医療
チーム」などでの支援活動にも参加するようになり、「災害看護」とは何たるかを必死に
追いかけてきました。

 この本に記したのは、東日本大震災における日本看護協会の「災害支援ナース」活動か
ら見る、震災発生から50日間の記録です。

 あのとき、日本中が騒然となり、連日被災地のニュースがメディアに流れ、日本全国か
らはたくさんの支援物資や募金が寄せられました。

 それは被災した人たちを励ますことにもなりましたが、ニュースとして報じられない事
実があったり、疑問を持たずにはいられない支援の仕方があったり、システムによって物
事の決定が遅くなったり、現地にいた看護師として、色々なことを考えさせられたのも事
実です。

 私たちは看護師という専門的な立場で被災地へ向かいましたが、あのような大きな災害
が起こったとき、支援者として何をすべきなのか、この体験をお話しすることで、多くの
人の考えるきっかけになることができたら、と願っています。

 震災から2年が経った今、津波被害に遭い瓦礫だらけだった場所は、はとんどがサラ地
になり、避難所は閉鎖して、家を失った人々は仮設住宅で生活を送っています。
 私が被災地で目にした光景を、多くの人の心に影を落としたあの時間を忘れないために、
本書が少しでもその役に立つことができることを願っています。

二〇一三年三月     石井美恵子

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